1975-06-26 第75回国会 衆議院 決算委員会 第17号
日露の戦いの戦果により南満洲の権益は我が国が獲得することとなり、各々企業が進出し、石炭・鉄砂の採掘、製鉄の作業等に地元住民を最低賃銀で雇傭酷使し、過労原因に依り死に至らしめ、遺体は埋葬もせず廃棄物品同様に投棄せる地区が三ケ所もあり、これを万人坑と称し、ガイ骨は今尚厚い層をなし重り合ってる由。中には生存中体刑を加えた疑い、両足をハリガネでしばられたままのガイ骨もある由。
日露の戦いの戦果により南満洲の権益は我が国が獲得することとなり、各々企業が進出し、石炭・鉄砂の採掘、製鉄の作業等に地元住民を最低賃銀で雇傭酷使し、過労原因に依り死に至らしめ、遺体は埋葬もせず廃棄物品同様に投棄せる地区が三ケ所もあり、これを万人坑と称し、ガイ骨は今尚厚い層をなし重り合ってる由。中には生存中体刑を加えた疑い、両足をハリガネでしばられたままのガイ骨もある由。
————————————— 九月二十九日 国民健康保険法案(内閣提出第一〇号)国民健 康保険法施行法案(内閣提出第一一号) 最低賃銀法案(内閣提出第一九号) 公共企業体等労働関係法の一部を改正する法律 案(勝間田清一君外十四名提出、第二十九回国 会衆法第一一号) 地方公営企業労働関係法の一部を改正する法律 案(勝間田清一君外十四名提出、第一十九回国 会衆法第一二号) 国民健康保険法
第三にあげなければならぬのは、労働基準法の二十八条にあります最低賃銀に関する事項であります。今日、最低賃金の問題がかなり大きな世論になっておるときでありますが、二十八条には最低賃金の必要を行政官庁が認めた場合には、二十九条によって中央賃金審議会に諮問しなければならぬことになっております。
昭和五年には東京五区より立候補、衆議院議員となられ、議会にて最低賃銀法、軍備縮少等を提唱して活躍されました。昭和七年に君はアメリカへ行かれ、ノースウエスタン大学の政治学研究嘱託等をされ、自後昭和二十二年まで十六年にわたる亡命生活を送られましたが、昭和二十二年十月、君は帰国に当つて国民的大歓迎を受け、三たび早稲田の母校へ戻られました。
われわれも最低賃銀制度をつくる、完全雇用の実現、産業の社会化なんと言っても、これはわれわれが政権を取っても、そんなにすぐにできるとは思っておりません。いわんや保守政党のもとでそういうことが行われないことはわかっておるのだが、従って、当面の対策として委員会をつくる前に、少くとも行政的にあるいは内閣が単独でできる問題があると思う。
三月二十日にすべてを結集し、団結して闘わねばならぬとし、吾々はこれらの要求が素手で出来るとは思われない――実力を以て――職制を叩き出し、最低賃銀をカクトクしよう」と結んでいるのは、京都における十二月以降の動向を物語つているものであります。
尤も最低の收入につきましては、労働基準法等におきまして最低賃銀の規定があるわけでありまして、漸次そういうものの具体的なきまりができるのじやないかと思つております。それから第十條の臨時雇用についてでありますが、徒弟という名義でございましても、同じようにこれを被保險者にいたしたい考えであります。